知らないあなた
 



カレンダーの上では秋になだれ込んだものの、
そしてそして、
ファッションだのスィーツだのコスメだの 季節感先取りな業界が
秋のほにゃららと銘打って新商品の数々を人々へお勧めしてくるものの。
枯葉色だろうセピアやアンバーといった落ち着いた色合いもまだ早く、
街に垂れ込めるのは残暑と呼ぶには凶悪が過ぎる蒸し暑さ。
朝晩はともかく昼日中はまだまだ半袖で過ごしたい、
バカンス気分こそ抜けはしても
まだまだ夏の名残は 継続中という感の強いヨコハマの一角にて。

 「お越しになられたぞ。」
 「いいか? くれぐれも粗相のないようにな。」

当地で一番の古顔だろう
アール・ヌーヴォーの意匠を其処此処に取り入れた
アンティークな趣が色濃く匂う、風格ある石造りの建物の入り口にて。
やや質の良いスーツをまとう男性が老若二人、
そわそわとしつつ待っていたお相手なのだろう、
目の前の大通りを漆黒の高級車がやって来るのを姿勢を正して待ち受ける。
今日もまだまだ残暑の蒸し暑さが居残る街角には、
名だたる老舗や高級服飾店が居並ぶ界隈ゆえか、平日でも人の往来が絶えなくて。
もう少し秋が深まれば街をシックに彩るのだろう
落葉種の街路樹が時折梢を揺らす下、すべるように静かに到着した黒塗りの車は、
それもまた贅を尽くした仕様、
磨き抜かれたボディに周囲の風景を鏡の如くに映し出していて。
重々しく響いていたエンジンを停止させたのち、
運転席から速やかに降り立つ背広姿の男性が
白い手套を嵌めた手で恭しくも開いて差し上げるドアから
さて一体誰が降りてくるのかしらと、
居合わせた通行人たちの関心が集まってしまったのもしようのないこと。
都合男性3人がかりという そうまでも仰々しいお迎えの中を訪うた誰か様の、
まずは細い爪先を納めたそれ、エナメルの尖った靴先がドアの陰から覗いたのへ続いて、
ベロアだろうか上等な生地をたっぷり使ったのだろうフレアスカートの裾と
それにくるまれたすんなりとした御々脚が
やはり洗練された所作にてすべり出しての地上へと降り立つ。
シフォンのブラウスに藤色のベロアのアンサンブルという
セミフォーマルを品よくまとった存在は、
こうまでの押し出しで訪れたにしては ずんとうら若く。
多めに見積もってもまだまだ十代だろう、
瑞々しいまでに嫋やかな、ほっそりと華奢な少女であり。

 “あら。”
 “まあvv”
 “何てこと。”

目の粗いレェスに覆われた、
つばのないところがトルコ帽のような
可憐なトークハットを頭にちょこりと乗せた、
いかにも高貴な印象のご令嬢。
色白な頬はすべらかで黒子一つなく。
会釈を見せたその所作に添い、
手入れの良さそうな黒髪がお顔へすべり降りて来たため
細かな造作は隠れてしまったが、
やや控えめに頬笑んだ顔容は若々しくも淑やかに整っており。

 「ようこそお越しくださいました、毬乃お嬢様。」

お出迎えにと立っていた案内役だろう男性二人のお辞儀へと、
口許へレェスの手套を嵌めた手を添え、何かしらお返事返したらしかったが、
雑踏のざわめきに掻き消されたか、離れた周辺へは届かぬまま。
そんなお嬢様の傍らには、新たな顔らしき男性がいつの間にか立っており。
同行して来た秘書か随身か、

 「遅れましたでしょうか?」
 「いえいえ、時間通りでございます。」

そんなやり取りをする辺り、やはり令嬢の付き人であるらしく。
地味なダークグレーの背広に黒縁の眼鏡というやや野暮ったいこしらえ、
付き人にしては髪型も まとまりの悪いもっさりした蓬髪であったが、
すらりとした長身は腕脚の長い なかなかのスタイルだし、
じいと見つめ続ければ何の何の結構な美丈夫で。
目の肥えた街のレディたちがあれまあと頬を染め始める前に、

 「ささ、どうぞお入りください。」
 「支店長がご挨拶をと申しておりまして。」

どうぞどうぞと誘なう大人たちの空気感へ、
ちょっとばかりおどおどしつつ、それでも
すぐ傍らについているお兄さんの促しに上手に誘導されて。
そこにだけ爽やかな秋の風が吹いたような清かな雰囲気を醸しつつ、
天女のような儚げなお嬢様、重厚な石段を上がり
荘厳なエントランスへと吸い込まれていったのでありました。


     ***


とあるコンツェルンを長年一族の方々で営む日本屈指の富豪の令嬢が、
傘下の企業がヨコハマに持つ商業施設にて開催中の絵画展へ見学にと訪れており。
本家の主筋のお血筋の方でありながら、それは引っ込み思案なお嬢様で、
両親も遅くに出来た末っ子なこともあってかそれは溺愛しているとかで。
そうそう世間に触れなくともイマドキは習い事も交流も容易に出来よう時代だと、
内気なところもまた愛いことよと、この年齢まで深窓の令嬢で通させてきたものの。
それでは彼女のためにはならぬと感じた
真っ当な方向から不憫に思った周囲の方々の尽力により、
社交界へのデビューが遅まきながらお膳立てされていて。
そこへ至る前の予行演習のようなもの、
人が多く集まる中で、しっかと使者というお役目をこなして御覧なさいと、
送り出されたのが、本日の毬乃様のお務めであるらしく。
やんごとないお嬢様であるが故、
日頃もお傍に居る人なのだろ随身付きなのは ままノーカウントということで。
平日の早朝、開店したばかりという時間帯に、
特設会場にて開催中の某有名画家の個展を見学し、
写真撮影込みでお店の方々へ愛想を振って、
印象画に関してのお話が出ようから、
知ってる画家の名前などなど 2,3交わして来なさいと。
がっつり段取りの組まれた予行演習を、
大人たちに引き回される格好でこなすのが今日の使命らしいお嬢様。
室内飼いの仔犬じゃあないが、
お屋敷の中でも結構な広さゆえ、運動不足ということはないらしく、

 「こちらは 氏の出世作となった静物画で。」
 「科展にて特別賞を受賞なされた “枇杷”でございます。」

数十点は飾られてある油絵や素描やら、
1つ1つ立ち止まっては解説していただくとずいぶん時間もかかろう視察を、
口許へ控えめな笑み浮かべ、時折相槌を打ちながら
それは優雅な素振りにてこなしておいで。
初対面の大人たちに取り囲まれて、
小さなポーチを手に、ちょっぴり肩を縮めていらっしゃるところが
やや臆病な小動物のようで何とも愛らしく。
妙に嵩に来たお嬢様だったらイヤよねぇなんて、
お逢いする前から さりげに牽制球を放ってた女性店員らも、
何て可愛らしいのかしら、見た見た?お目々がぱっちりと大きくてなんて、
すっかりとファンになりかけている始末。
順路を設けた回廊のようになっている展示会場は、
令嬢が世間に触れる場としたはずだが、それでも一般のお客様は制限してあるようで。
階下のほとんどを埋める百貨店やテナント店の店員らが、
物見高くもこっそり覗きに来ているほかは、来店客の姿もないままに。
社会見学のような“視察”は一通りの仕儀を終え、
入場口のすぐお隣、
傍らで図録やポストカードなどを販売している出口付近にまで至っており。

 「お忙しい中、わざわざお運びいただき痛み入ります。」
 「当百貨店では来月も
  “モジュール=ベルコ―”展を予定しておりますので、
  ご都合がよろしければ是非。」

学芸員らしきパンツスーツの女性が次回の展示も紹介したのへ、
お使いがそろそろ終了とあって緊張がほどけて来ていたものか、
毬乃お嬢様も頬を染め、柔らかく笑んで “ええ機会がありましたら”と頷いて見せる。
万事滞りなく運び、このまま穏やかにお開きと相成るはずだったが、

 「…っ、天誅ぅ!」

何処か抑揚のおかしい、裏返りかかった声での叫びと共に、
一群となっていた人々の後背から
Pタイルをきゅきゅうっと踏み鳴らしつつ駆けてくる気配、これ在りて。
ハッとした一同の中、機敏に反応したのがさすが随身の男性で、
何が起きたかも判らずキョトンとしているお嬢様の背へ手を触れ、

 「失礼します。」

まるで舞踏会の終焉に、踊っていただけませんかとのお誘いを紡ぐような、
そんな流暢軽やかな声音にて注意を向けさせ。
令嬢を自分の懐へと引き寄せると、
ベロアのスカート越し、膝裏へも腕を差し入れ、
ひょいっと抱え上げてしまい、今来た順路を逆走して仕舞われて。
そんな手際のいい回避が為されているとも知らず、
唐突な乱入者は、成り行きから人垣になっていたこちらの管理職の皆様を
邪魔だと左右へ薙ぎ払いつつ進み入り。
どんと突き飛ばされた痛さへぎゃあと悲鳴を上げた皆様だったものの、
彼らは単に邪魔だと退けられただけのこと。
一体どこから忍び込んだ存在なやら、
短く刈り上げた頭にニット帽、顔の半分をイマドキの不織布マスクで覆った、
勇ましいのだか顔は晒したくない臆病者か、
そんなアンビバレンツをこの見せ場でこそぶち破りたいとの勢いよく、
人々を掻き分けての辿り着いたる標的、を抱えた男の背へ向けて、
強化ブーツだろう武骨な足元をダンと叩きつけ、そのまま蹴り倒そうとした無法者。
点検ですとでも言って裏から入り込んだのか、
平凡な作業服にトレーナーという地味ないで立ちの、
どう見ても社員でもなければ招待もされてなどない不法侵入者であり。
しかもしかも、その手には随分と大ぶりな凶器、
サメを相手の格闘に使う、シーナイフを掴みしめてもいて。

 「恨みはないが、お嬢さん覚悟しなっ!」

蹴り飛ばした男の懐から投げ出されるだろう少女へ目がけ、
その切っ先を突き立ててやらんと、
全ては一気呵成な勢いのまま、小さな少女へ危害を加えようと突っ込んで来た、
正しく悪夢のような刺客の闖入だったのだけれど。
何が起きているのか、ようよう気づいたがどうにも出来ぬと、
居合わせた皆して目撃者でいるしかなかった恐怖の刹那に、

  ―― それを切り裂いた、鋭い刃風これありて。

シックな雰囲気作りのため、仄かな暖色の間接照明に塗り潰されていた空間が、
突然躍り込んだ狼藉者の持ち込んだ殺気により、
打って変わって、殺伐とした空気に凍りつきそうになった筈だのに。

  しゃりん・ぎゃりっ、きんっ、という

金属同士が強く押し合い、互いを食らい合いながら噛みつき合ったのだろう、
涼やかながら物騒でもある凶悪な物音が鳴り響き。
それへ重なって、ドタンドンッという重々しいものが倒れ込む音が続く。
その身かわいさに逃げ腰だった人々には、自分へ降りかかる火の粉にも思えたものか、
そんな騒ぎの気配1つ1つへも、総身を竦ませの悲鳴を上げたところだったけれど。
好奇心が勝さってのこと、一部始終を見ていた者には、
なかなかに爽快な展開が見物出来ての、のちの語り草になったほど。
弾丸、いやさ砲弾のような勢いと、そんな身にまといし殺気のせいだろう、
どこか威圧まで帯びて飛び出した無作法な暗殺者だったが。
どこの何をどこまで計算したものか、恐らくは捨て身の自爆型、
コトが成就した後は、捕り押さえられてもいいという、
突撃式の凶行を構えたらしい乱入者のかざしたシーナイフは、
振り下ろされた位置が随分と中空で。
それもそのはず、蹴り飛ばそうとしたはずの広い背中がびくともせず、
結構な圧で持ちこたえたのみならず、
頭上へかざした頼もしい手で逆手に握っていた大ぶりのナイフで、
相手の切っ先をがっしと捕らえての食い止めている。

 「……なっ!」

結構長身ではあったが、さして体の幅もない、
いっそスリムな 今時の精悍さをのみ まとっておいでだったお人の筈が、
片手で、あくまでも楯にしたのだろう、ナイフに受け止められての、
しかもそこから、微動だにしない…ばかりか。

 「せいっ。」

  裂帛の気合い一喝、
  すべては一瞬のこと。

 「わあっっ!」

ぐんっと、途轍もない力が盛り上がって来の、
手元や腕のみならず、男の総身さえ持ち上げてしまいそうな大きな力が沸き起こり、
あっと言う間に無法者をねじ伏せてしまった畳みかけの見事なこと。
刃同士が凌ぎ合ったのはほんの一瞬で、
悪漢を押し返した存在が、まずは令嬢を庇っていた姿勢のまま、
振り返りもしないで、相手の刃をひねり、釣り込む格好であっさりと搦め捕ってしまった妙技までへと、
気づけたお人はどれだけあったやら。
こちらもまた、いかにも場慣れした身さばきでもって、それだけのことを軽々とやってのけ。
その手から武器を落とさせたところまでを見届けてから、

 「あ。」
 「ふ、不審者確保っ。」

周囲の警備担当者らが大慌てで不審者へ掴み掛かって、やっとのことで一件落着。
暴漢退治のレクチャーだと言っても通じそうな一連の流れへ、
惨事を予感し、凍りつきかけた空間が今度は一気に ほあうと弛緩して。
口々に興奮を語り合う人、あっさりと場を収めた随身の君へ拍手を送る人などがワッと沸き。
何とか空気も弛緩しての、今度は明るい喚声に満たされてしまったのだけれども。

 「ご無事ですか? 毬乃様。」

いきなりの姫抱きにその可憐な痩躯をこわばらせていたご令嬢。
何だか危険な事態だったようだけど、あっという間に収束したみたいで、
頼もしきお付きのお兄さんの
その身のすぐ向こうから襲い来た脅威だったが、それももはや取り押さえられたと。
警備員のおじさんたちが誰かしらを押さえ込み、
さあさ引っ立ていと連れられて行ったのを見やり。
もう安全だろうと足元からゆるりと降ろしてもらって、
周囲の人々が安堵したのに馴染むよに、
ほうと胸元へ手を添えて息をついて見せたれば。
一瞬の立ち合いとなったその刹那、手から落としたものだろう、
小さなポーチを拾ってくれたらしい学芸員のお姉さんが、
案じるように眉を寄せ、大丈夫ですかと身を寄せてくれて。
周囲が男性ばかりな中、何かと気を配って笑みを見せてくれてもいた存在へ、
お嬢様の方でも懐いていたのだろ、ありがとうございますと笑顔で返しかかったけれど。

 「……っ!」

差し出されたポーチがぽとりと足元へ落ち、
その陰から現れたのは、
先程の暴漢が振り下ろしたそれとは比較にならぬ細身のナイフ。
え?と、またまた何が起きているのやら、不審に感じた令嬢が見やったお相手の、
先程までの温厚そうだった表情も、
双眸見開いた何にか取り付かれたかのようなそれへと塗り替わっており。

 「恨むならお父様を恨みなさいっ!」

一瞬肘を引き、反動つけての これまた一気呵成。
先程の男こそオトリか、それとも仕損じた折のとどめ役か、
こうまで至近からでは防ぎようもなかろう一閃が、
可憐な少女の懐へ飛び込み…かかったのだけれど。

 「せい…っ!」

はっしと掴み取られたは彼女の手首。
こうまでの至近からしかも不意を突いたにもかかわらず、
それは正確に凶器を握る手を掴み止めた的確な仕儀といい、

 “…え?”

こちらは両手を添えての攻撃なのに、
相手は片手で、しかも無駄に痛くはないよに加減も絶妙。
何の負けるかと体重かけるよに踏み出せば、
サッとその手を掴み上げられ、頭上へ高々掲げられ、
その ぶんっという勢いのあった振り上げに身がふわりと浮いたそのまま、
次の瞬間には総身が反転しており。
不意を衝いての暗殺へと運ぶはずが、今や立場は逆転しており、
え?え?と目まぐるしい展開へ呑まれた偽の学芸員嬢、
文字通りの あっという間に、
フロアの床へとねじ伏せられており。

 「一体何が目的の脅迫なんだか、
  しっかり話してもらうからね。」

人々に囲まれて護衛されていた主賓の令嬢が、
品のいいフレアスカートも何のその、
片膝立ててという勇ましさでねじ伏せている。
そんな格好で身を拘束されても尚、

 「???」

という顔でいる、そんな不意打ち暴漢の鼻先へ。
長い脚を折り曲げてわざわざ屈みこみ、
随身だったはずの美丈夫さんが、
いかにも“ご苦労さん”というねぎらいの目線をご令嬢へ送ってから
当該容疑者へ意地の悪そうな笑顔を向けており。
ややあって我に返った警備の方々や、階下からどやどやと駆け付けた所轄の警官に、
彼女もまた引き渡されてしまったが、

 「…あ、毬乃様、かつらがずれて。」
 「ああもう、その呼び方ももういいでしょうに。////////」

レェスとリボン付きのトークハットごと、斜めに歪んだボブヘアー。
令嬢自身がその頭頂部に手をやってむんずと脱ぎ捨てれば、
ぱさりと現れたのはざんばらに刈られた白い髪。
小さなピンで留められてあったところが痛かったようで、
いててててっと ちょっぴり眉を寄せつつも
手のひら開いてわさわさと手櫛で梳いて整え、
ふうと吐息をついたのは、
誰あろう武装探偵社の虎少年、中島敦くんではないかいな。

 「本物の令嬢がどれほど姿を知られてないものか。
  よくも途中で気づかれなかったものですよね。」

引っ込み思案な令嬢の予行演習、そんな予定が今日本日に組み込まれたことも、
関係者以外には極秘としていたはずなのだが、

  ○○コンツェルンの末娘目掛け、本日は血の雨が降るだろう

そのような奇怪な文書が届けられたというがため、こちらも極秘に手配された
武装探偵社の腕利きがひそかに護衛を担当しており。

 『ちょっと待ってくださいな。
  本人では危ない、身代わりを立てようというのは判りますが。』

白羽の矢が立ったのは、社員の中でめきめきと成長中の虎の少年。

 『女の子になるなんて無理がありますよ。
  だって、こんな骨っぽいのに。』

身長もそれなりにあっての、細っこい肢体は伸びやかな少年のそれ。
所作だって男の子の身動きしか知らないし、
それが深窓の令嬢になるだなんて相当に無理があると主張した敦だが。
とはいえ、女性社員は限られていて。
事務方の女性らに無理強い出来ぬのは当然として、
ナオミちゃんは普通の女学生だし鏡花ちゃんでは幼すぎ。
与謝野さんでは…やはり難ありで、

 『でも、だったら谷崎さんの方が演技は達者だと思います。』

だって、あの敦への入社試験の折なぞ、それは絶妙に爆弾魔を演じきったじゃあないか。
そうと説いたものの、

 『うん。確かに堂に入った演技なら谷崎くんの方が上かも知れない。でもね、』

谷崎くんの“細雪”は近接型な対処に使うには勿体ないのだと。
太宰がそれは落ち着き払った顔で説き、

 『何せ、この脅迫が令嬢本人を狙うものとは限らない。』

騒ぎを起こして百貨店の信用を失墜させたいのかも知れない。
令嬢云々は引っ掛けで、展示されてる某氏への怨恨の徒かも知れない。
対応に汎性を持たせるためにも、適材適所で、

 『近接戦では最も頼もしい敦くんが、
  令嬢本人になってくれるのが最適解なのでね。』
 『う〜〜〜。/////////』

ちなみに、賢治くんではやはり幼すぎ、
乱歩さんは残念ながら社長と共に出張中。

 『国木田くんや私じゃあ身長に無理があるしねぇvv』
 『ううう〜〜〜。/////////』

中也さんにはナイショですよと、こそり太宰に念を押し、
与謝野せんせえとナオミちゃんに寄ってたかってメイクされ、
誰も疑わぬほどの完璧なお嬢様に化けてしまった今回の任務。

 “内緒かぁ。
  まま、教えたら奴も喜ぶかもしれないのが癪だからなぁ。”

何かの折の切り札にとっとくかなんて。
敦くんには穏やかならない思惑の下、
こそりと携帯で連写して艶姿を納めてた作戦参謀様だったそうでございます。




     ◇◇


まだまだ残暑の余燼たっぷりの、むんとする気配の満ちる中、
帰り着いたのは粗末ながらも心休まる我が家。
今日はまた、途轍もない恰好してのお仕事になり。
ただただ恥ずかしかったものの、
それでもまあ、標的にされたお嬢さんは無事だったのだし、
関係者以外は居合わせない場での運びだったし。
ま・いっかと終わったこととして処理しつつ、
煤けたドアの錠前に鍵を差し込む。
鏡花は今日のお仕事で巧みなおめかしの技を見せたナオミや与謝野に
あんたも可愛くしてやろうなんて誘われて、お泊り女子会にと出向いており。
今宵は押し入れじゃあなく、畳に布団敷いて寝ようかな、
だってすっごく肩凝ったお仕事だったしと。
そんなこんなとぼんやり思う彼へと目がけ、

 しゅんっと宙を駆けってきた気配に

ほんの少しばかり身を逸らしてその切っ先を躱す。
思い当たりがありすぎて、
何だよ、何があったんだよと、かすかに眉をしかめつつ、

 「約束してたのは明後日だよな?」

さして遠くはないところへ身を伏せているのだろう顔見知りへ、
そんなぞんざいな声を掛けたものの、
決して喧嘩腰に構えたわけじゃあない。
親しい同士だからこそちょっと怠けて見せただけ。
一種の甘えというか、言葉を略しても許されるだろうなんて、
そんな風に思ってのずぼらな言いようをしただけだったが、

 “…え?”

雰囲気にこそ覚えはあるが、まるきり違う人物がそこには居て。


  「………えええ〜〜〜っ!」


落ち着け、少年。




to be continued.(18.09.05.〜)


NEXT


 *相変わらずに冗長です。
  これでお話1つ出来上がってるようなもの、
  何だか ついつい長々と綴ってしまいましたが、
  これはあくまでも“枕”の部分で、
  探偵社の日常。太宰さんと敦くんの活躍を描いてみたまででございます。
  そして本題の取っ掛かりで力尽きました。(こら)
  続きは もちょっと待っててね。